読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

茶豆落果の言のハッパ

呑んで笑って 流されて

ご無沙汰しておりました

テンションだだ下がりの

暗い話なので

どうぞ、すっ飛ばしていただいて結構ですので。

明後日には、ちょっと吹っ切れそうな気がしているので

ブログ更新をサボらず、ボチボチしようと思いますので

まだ見捨てておられない皆さま、今後ともよろしくお願いします。

 

うちの会社が関連しているイベント(一部)

10/1 日本酒ゴーアラウンドOOSAKA2016 :大阪市内各地

10/1 日本酒で乾杯in松尾大社

10/2 みなと神戸酒フェス2016 :神戸サンボーホール

10月上旬の四国での酒イベントにも出ます。

  (詳細書くと私の属所がばれちまうのでごめんなさい)

 

10/1は天下一品の日ですよ。

今年は仕事で忙しいので、行くのは無理っぽいなぁ。

 

以下は、ホント暗い話ので・・・

 

はい

 

ごめんなさい。

ホント スルーで良いですよ。

 

~~~~~~

 

なかなか休みが取れなくて

今日やっと振休を1日消化しております

ちゃずらがでございます。

 

随分とブログを放置してしてしまい申し訳ございません。

アクセスをチェックしてみましたら

1ヶ月間でアクセス0の日が5日でした。

私にとっては上出来、上出来。

 

ブログ放置の自分勝手なイイワケは

日本酒関係で本当にお世話になった人達からの

悲しい連絡が相次いで、非常に落ち込んでしまっていたんです。

そして最後に立ち直られない大打撃。

ずっとリハビリを続けていて、退院の日も決まっていた

私の日本酒の師匠が、急変し亡くなられてしまいました。

軽薄な自分の人生ですが、これまで一番辛くて、悲しくて、耐えきられない出来事。

20歳以降全く疎遠だった実父の死去の何十倍

おばあちゃん子だった私を本当に可愛がってくれた祖母の何倍も

辛くて、辛くて、2週間経った今でも、ふと思い出しては涙ぐんでしまします。

 

私が日本酒にハマってしまった

日本酒の世界に引きずり込んでくれた師匠です。

飲食店の大将でありますが、全国の日本酒蔵元・杜氏・蔵人からの信頼・交流篤く

酒販店や同業からも同様の存在でした。

20年ほど前に縁があり、ど素人の私を全国の蔵に連れて行ってくれたりしました。

そのおかげで、私自身も多数の蔵との親交が深まり

日本酒に惚れ込み、そして造りたいとさえ思うようになったのです。

しかし、当時の仕事で腰を負傷し、重度の腰痛持ちになってしまった私は

蔵人になることを諦め、悶々とし、職を転々とすることになり

ストレスから腰痛が更に重症化し、余儀なく休職となってしまいました。

その時も、諭すことなく信じてくれていて

そして、日本酒の道に歩み出す手助けもしていただきました。

 

日本酒の道に入る前は、一度目の転職経験以来

仕事は待遇と経済面をどちらかと優先して考える方でした。

だから、完全週休二日制の会社ばかりでしたし

給与体系がインセンティブ的な職場も進んで選んだりもしましし

経済的に可能ならば早期退職も念頭に置いていました。

でも、今は違います。

師匠が素晴らしく偉大な日本酒の伝道師であったように

私では全く足元にも及びませんが、少しでも日本酒に恩返しが出来るようにと

求められる蔵があるのであれば、定年退職後もこの世界に残り

日本酒のすばらしさ、日本酒業界の駄目な所も発信し

より良い物をこの世に産み出す、何かを伝えられるよう続けたい、と思うようになりました。

 

師匠がいなければ

これほど日本酒が美味いことに気付いていなかったでしょうし

日本酒の世界で生活をすることもなかったでしょう。

今の私は存在していないのです。

私が今、経済面では劣るものの

誰にも恥ずかしくない、充実した誇れる仕事をし続けられているのも師匠のおかげです。

 

通夜・告別式と受付スタッフの一員としてお手伝いさえていただきました。

悲しくて、辛くて

全国から日本酒関係者が続々と駆けつけられて

その表情を見るたびに心が締め付けられるよう。

人の死は、人を悲しませるし、揺さぶるし、落ち込まさせることも。

なんてひどい仕打ちなんでしょう。

私も悲しくはあります、辛くもあります。

キーボードをぶっ叩きながら感情が暴走するようです。

でも、師匠には感謝という感情がその何十倍とあります。

きっと、もう少し落ち着いたら

感謝の言葉だけで満たされるのかもしれません。

 

後にも先にも

私の日本酒の師匠はアナタだけです。

ありがとうございました。

 

本当にありがとうございました。